クリスマス。 いつもどおりに仕事をしていると「お手紙でーす」と1通の封筒が届けられました。 なにやら固い感触。 ドキドキしながら開封すると……。
なんとクリスマスカードです!
今発売の号でお世話になった、江部乙温泉の石井支配人からでした。 あたたかいデザインとメッセージに、ココロも身体もほんわか。
思えば、温泉クーポン&パスポートでお世話になっている方々にも、 毎回心温まる言葉をくださる方がいます。 うれしくて、思わず社内の人に見せびらかし…こほん。見てもらい、幸せを共有しております。
こうした幸せをパワーに、楽しい本を作れるよう頑張りたいです。
(しずか)
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「HOはどんな雑誌ですか?」とよく聞かれます。
広告担当部署もクライアントに説明しにくいとぼやいています。
確かに、観光情報誌ではないし、生活情報誌とも言えません。 取り上げるテーマも桜や紅葉、庭、市場、温泉、ラーメン、カフェとバラバラ。
でも共通しているのは、それぞれの分野で懸命に生きている人たちを一人でも多く登場させようということなのです。
武骨で不器用、でも自分のスタイルを持っている。素敵ですよね。その意味ではHOは「人間情報誌」ということなのかも知れません。
(お) |
HOのタイトルロゴは、最初のプランではひらがなの「ほ。」でした。
つまり、「ほっかいどう」をフィールドにすること、「ほっ」とする話題を集め、「ほんもの」を育てるお手伝いをする。そんな願いを込めて「ほ。」としたかったのです。
ところが、実際にデザインに落とし込む段階になって、デザイナーから「ほ。」ではどうにもバランスが悪い、との意見がでました。
最終的にアルファベットのHOに落ち着いたのですが、ある時、印刷会社の担当者から「これって、大鹿さんのイニシャルですよね」と指摘されてハタと気がつきました。
大鹿寛、HO。
そうだったんだ。でも、偶然はさらに続きがありました。デザイナーの小笠原さんの会社が「HIT&RUN」。「HIT&RUN小笠原」、つまりHOだったのです。
(お) |
HOというネーミングは取材スタッフや広告営業の現場からも不評でした。
「えっ?、ほっ?」 「はい、エイチオーと書いて『ほ』と読みます」
そんなやりとりの後に、本題に入ります。もし、坂田という名前のスタッフがいたら、ちょっとつらいことになっていたと思います。
「ホの坂田です」
ね、際どいでしょう。よく、電話で話し始める前に「ア…、」と間をおく人がいます。そうなると完璧です。坂田さんという方の応募がないことを願っています。
(お) |
創刊号で使った男女の裸写真は、定山渓で古くから雑貨屋を営んでいる家の古いアルバムに貼られていたものです。初めて目にした時、そのインパクトの強さに引き込まれてしまいました。
男性も女性も堂々として実に格好がいい。
大正の時代にこんなさばけた家族がいたなんて。 「家族のアルバムに貼ってはあったが、家族ではありません。大正か昭和の初めに定山渓の宣伝用に撮影されたのではないでしょうか」というのが持ち主の説明でした。
創刊時のたたき台としてデザイン。タイトルロゴはひらがなだった
「創刊号の表紙に使いたい」
つきあいのあるカメラマンに見せたら「これはすごい、いいですねえ」と感心することしきり。「そうでしょう、ね、ね」。
気をよくして表紙見本を取り次ぎの人に見てもらったら、「アダルトコーナーに置かれちゃうかも」。そ、そんな。
何軒もの書店を持っている社長さんは、「これは、きついなあ。女性は地下鉄の中で持って歩けないよね」だって。 さんざんでした。
でも、中途半端な創刊号にはしたくないとの思いは強く、迷いながらもあえて踏み切りました。
結果は……。
さすが、書店の皆様方の判断は正しかったのです(感心していてはいけないのですが)。
宣伝もしていないのだから仕方がないよ、との慰めもいただきましたが、納得のいく結果とはなりませんでした。
でも、迷いながらやっていた2号目の取材の時、取材拒否で有名なススキノの飲食店から「この本なら出ます」と言っていただいた時は本当にうれしかったです。
創刊号を見せると「ああ、この本、書店で見ました」との言葉を何度聞かされたことでしょうか。
買わないまでも「記憶に残る雑誌」であったことだけは確かなようです。
(お)
創刊号。表紙は温泉気分丸出しですが、メーンの記事は「漁師の宿&農家レストラン」 |